コミュニケーション– tag –
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私の母は認知症なのに、なぜ凛として道徳に強いのか?
在宅介護、というよりも年老いた母の生きるを支えているうちに、親子の関係性は深まりを見せていきます。親であり、私を産んで育ててくださって、巣立たせてくれて何十年というお付合いなのですが、母に対して、新しい発見が日々、生じます。これまでは、自分にとって母という存在ではありました。しかし、一人の人間として、生命として、なぜ、老いてもなお非常に凛とした姿勢でいられるのか。老いていくあるべき姿を私に教えているかのようでした。認知症を患っているにもかかわらず、なのです。 -
認知症でも≪暮らし≫は十二分に楽しめます
≪生活≫と≪暮らし≫の違い。これを区別して在宅介護は運営できます。多くの人は、在宅介護は親の面倒を看るぐらいにしか捉えられません。マネジメントの視点、さらには経営者の視点を入れると、在宅介護の取組はキャリア以上のキャリアになるのですが、気づきませんね。確かに、親の面倒を看ることには違いないのですが、どう面倒をみるのか、その思想が大切です。この記事では、介護が必要な私の母に対して、私たち夫婦の二人でどのように『暮らし』を楽しんでいたのか。その様子をお伝えします。 -
ご長寿の方々の会話を覗いてみませんか?≪おっぱいの話≫@デイサービス
この記事は、ぜひ世の子育て中のお母様方に聞いていただきたい内容です。介護施設と聞くと誰もが通いたいとは思っていないでしょう。ただ、別な側面から見ると普通に社会の縮図です。人同士の現実的なコミュニケーションが活発な場所です。そこには、日常の社会と変わらない喜怒哀楽の流れが存在します。この記事では、ある日、デイサービスから帰宅した実母の≪今日の出来事≫を紹介します。 -
認知症は本当に治らないのか?
認知症を患った人の介護を考えてみてください。現在の介護従事者は、私に言わせると、その多くが認知症を患った人の≪あしらい方≫が上手なだけで、認知症は治らないことを突き止めようとした人など介護施設等にいらっしゃるとは思えません。認知症が治らないという現実は、それこそ全ての力を使って認知症をどうにかして治そうと努力した人間だけが、治癒しない壁に跳ね返されて、口にできるのです。
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