いつもアップロードする記事とは趣を変え、母と私がお世話になり、とても素晴らしいと感じたデイサービス施設、その取組をご紹介しましょう。
まず最初に紹介するのは、回転ずしに連れて行ってくれたことでした。
もちろん、費用は家族が負担しますが、母はとても楽しかったと喜んでいました。小さな規模のデイサービス施設だからこそできる取組です。
都内では、どこの回転ずしも混雑して、座席の間隔も狭いですから、長寿となった母を連れていくのは躊躇します。そのため、私が母と外食する時は、できるだけテーブルの間隔があって、混雑のないお店というのが基準でした。
というのも、最も怖いのが、なにかの拍子に転倒させてしまうリスクです。
以前に、あるファーストフードに近いお店で注文の列に母と一緒に並んでいたことがあります。私達のまえに、若いカップルが注文を終えて店内の座席に向かおうとして、振り向きざまに前を見ずに前進するので、立っている母に気づかず、突き飛ばされそうになった経験があります。
長寿になると、若干は背中が曲がり小さくなるので、背の高い人達が会話に夢中になっていると周囲や足元は見えなくなります。
そのような経験を一度でもすると、やはり外食の環境は警戒するようになります。また、どこかに連れていくにも車も無かったですから、どうしても鉄道の駅や、その近隣のお店が中心でした。
しかし、そのデイサービス施設は、少し郊外の道路沿いで、混雑の少ない広めのお店をセレクトして車で連れて行ってくれるのですから、その気配りには敬服した覚えがあります。
次に紹介するのが、歴史資料館や、建造物の見学です。
なぜ、私がそれを素晴らしいと評するのか?
そのデイサービス施設は、ご長寿の方をおひとり、おひとり、大人として接してくれているからです。
どういう意味か?
それは、例えば、認知症患者として接していないという姿勢があればこそ出来る取組です。
車いすを利用しなければいけない利用者さんもいらっしゃったのですが、車いすで問題なく施設見学できるところに連れ出してくれたことです。
認知症を患ったら、何も判らなくなるとでも思っている人には不可能な発想です。
長寿になるほど、歴史や、文学への造詣は深くなります。
それは、認知症の有無や、その他の疾患の有無は関係ありません。
まだまだありますが、次を最後にしましょう。
それは、介護する家族も含めて、デイサービス施設をより良くしていくためのミーティングの開催です。
そのミーティングには、施設長、職員、ご長寿の利用者皆さん、そして介護する家族が参加します。
強制ではなく、自由参加ですが、他の利用者さんのご家族と会える機会なんて、ほぼあり得ません。
そのなかで、より良い方向性について忌憚なく意見を出し合う場をつくるのですから、素晴らしいとしか言いようが無いと、今でも私は思います。
しかし、このような取組をされる施設が無くなってしまうというのは、もったいない話です。