なんでこの年になって塗り絵をしなくちゃいけないの?

 初めて通うデイサービスに、私の母も、初日だけは緊張していましたがすぐに慣れてくれました。

 徐々に、お友達の輪も広がったようで、おしゃべりにも花が咲いたようです。

 通所に慣れて行くうちに、一部の職員の方とは、そりが合わないようなところもあったようです。

 大浴場がウリだったデイサービス施設ですが、せっかくの利用者が他の事業所に移っていくのも、その原因は、人間関係というのが大きい要素のようです。

もくじ

毎日が同じことの繰り返し

 最近では、デイサービスの一般的なその日の流れとは異なるユニークなサービスを提供する事業所も増えてきているように見受けます。

 ただ、デイサービスの一日の流れは、朝の送迎から始まり、午前中は計算ドリル、塗り絵、パズル等々のルーティン的な利用者の取組で、時間が過ぎていきます。

 身体を動かすのが困難な方や、認知症の程度が重い症状の方は、着座したまま時間を過ごされます。

 座席も決まっている場合が多いようです。

 利用するご長寿の方々の間にも、仲が良かったり、悪かったりというのがあるので、座席にも気を配るようです。

 とはいえ、週2回、3回と通ったとして、毎回、計算ドリルが自席のテーブルの前に置かれているとしたら、どう思います?

 ドリルの内容は、小学生高学年程度でしょうか。

 他にも、漢字のドリルや、穴埋めドリルのようなものも用意されています。

 それが、80代、90代になって、認知症を患って、デイサービスに通うと自席のテーブルに置かれているのです。

 認知症は脳の疾患ですが、だからといって、何も判らなくなるわけではありません。

 心が通えば、普通に理解が伴います。

 なぜなら、心は認知症にならないからです。

 心は、常に感じています。

 デイサービスに通い始めて、数か月たった頃でしょうか?

 母から、こんな言葉を聞きました。

実母

けんちゃん、あのさぁ、なんでこの年になって塗り絵なんかやらなくちゃいけないの?

輪読したほうが、よっぽど脳に良いに決まってんじゃん

さくらけん

脳トレってやつでしょ?認知症に良いとか聞くんだけど・・・

実母

だからね。私は、塗り絵がテーブルに置かれても絶対にやらない。認知症に良いとかあるのかもしれないけれど、なんでデイサービスにまで行って、わざわざ嫌なことしないといけないの?

さくらけん

確かにそうなんだけどさ。施設で働いている人達だって、忙しくて大変なんだと思うよ・・・

実母

だからね。私は、提案したんだよ。みんなで輪読したらどうかって。夏目漱石だっていいし、日本には素晴らしい文学作品があるだろ?それをみんなで輪読したほうが、よっぽど脳に良いに決まってんじゃん

さくらけん

確かに・・・

 自分の母親を持ち上げるのもどうかとも思いますが、流石、我が母と思わせる会話だったのを覚えています。

 要介護3とは思えないほど、口調も往年の勢いのある母そのものに近かったですね。

 デイサービスに通うと連絡帳のようなノートを介して、施設と家庭の情報交換をするところが多いように見受けます。

 そのノートに私は、次のように書いたのを覚えています。

 『施設に通っていらっしゃる皆さんで、文学作品を輪読するというアイデアを検討してもらえないでしょうか?

ルーティン以外の作業は取り入れるのが難しい

 当時、連絡帳ノートに、母のアイデアを書いても施設からの返事はありませんでした。

 そもそも輪読というのも、職員の皆さんもご経験は少ないでしょう。

 いまでこそ、電子端末で本が読めますが、数十年前は本一冊がとても貴重だったのです。

 戦前、戦中、そして戦後を経験した人にとって、一冊の本を大切にしながら、お友達とみんなで回しながら読んだ時代があったのです。

 同じ書籍を、同い年の友人同士で読んで、感想をお互いに話しながら文学作品の味わいを深めていく。

 それが、かつての日本の若い人たちのインテリジェンスでした。

 でも、今は、どうでしょうか?

 情報は、大量に流れ、瞬時に消費され、その流れに乗せられているだけ。

 施設での職員の皆様の奮闘がなければ、長寿化社会の成熟さは支えられないのは事実です。

 しかし、その作業に何かアイデアを落とし込もうとしても、目の前の介護作業に追われ、対処対応するのが精一杯のはずです。

 ルーティン以外の作業は取り入れるのが難しい。

 これから先の長寿化社会は、長寿の方々の嗜好がこれまでとは大きく異なってくるはずです。

 デイサービスをはじめ、ご長寿の方々を社会で支えるありようの大きな転換期が来ているのは間違いない、というのが私の考えです。

 判ってくれない。

 人とコミュニケーションをしても、判り合えない関係ほど無味乾燥のないものはありません。

 あなたはあなた、わたしはわたし。

 確かにその通りなのですが、お互いに理解しえない関係が深まれば、その人間関係は破綻してきます。お互いの立場があって、受け入れられない状況というのも理解できます。

 ただ、やはり話をしても、聞いてもらえない、そのような状況が重なってくると縁は徐々になくなっていきます。

 母もまた、慣れ親しみのあるデイサービス施設でも、別の施設に移っていく経験をしていきます。

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